化粧する脳

「化粧する脳」という本を読んだわけだけど、未知のことや勉強になることが多かったです。

化粧をした顔と素顔、次々と見せる実験によると自分の化粧した顔も他人と判断されるということでした。

考えてみれば女性は毎日、お化粧をして出かけていきます。

そこにはいろいろな意識が働くような気がします。鏡に自分の姿を映し、その姿を変えていく。顔を洗って出ていくくらいしかしない僕にはなかなか想像できない世界。

自分は元来、女性が化粧をしている姿はキライではなく、むしろ好きなほう。なんというか変わっていく姿が眺めるのが楽しく、またその化粧を落とした時の姿がどうなのか想像を膨らませることが楽しかったりする。

そしてこの本を読んでいる最中にふと思い出したのが↓の言葉。

 

下手糞の上級者への道のりは己が下手さを知りて一歩目。(スラムダンク安西先生)

  

鏡を見て化粧をしていく姿は、自分の行動を鏡にとって映す行為と似ているような気がします。

たとえば仕事でもただやるだけであれば、それは自己満足でしかない気がします。

トレーナーの資格を取ったとき、自分のプレゼンをVTRに撮ったわけですが…

完璧、うまくできた、と思っても実際見るとダメダメでしたcoldsweats01

 

常に自分の中に鏡は持ち合わせていたいものだなあと感じた次第です。

自分の中に鏡を持ち合わせて毎日眺める余裕ができるのなら、もっと美しく生きることができるのかなあ、と思ったりしました。 

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人の為が偽

筆談ホステスの本を読んだのち、「筆談ホステス 67の愛言葉」を読んだ。

その中、いくつもいい言葉があったのだけど印象深かったのが

 

人(ひと)の為(ため)といっても、押し付け過ぎではただの

「偽」

 

という言葉。

そう、相手のことを考える、想う、してあげるなどなど、、、それが過ぎると単なる偽りになる。。。

 

これは分かっているつもりなのだけれど、どことなくしてしまい押し付け、やり過ぎになってしまう。

仕事でも私生活でも、、、これは意識しないとなあ。

 

だいたい人間関係の構築が元々あんまし得意ではない。

相手の事を考えて…というのは実は自己中心と紙一重。

難しいです。

 

着飾った自分、洋服を着た上で装飾品をいっぱいつけたような形で自分を見せてしまう。

しかし、最近は裸のままを見せることがやっとできた。

あとはバランス。

まあ永遠の課題。

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筆談ホステスを読んで

何気なく手に取り、そして美しい姿に惹かれて買った読んだ本。

一気に読んでしまったのは久し振りでした。

この本を読んで感じたことは

Will

の大事さ。

 

彼女は銀座のクラブで働いているホステスさん。耳が不自由ながら筆談で接客をされているそうです。

僕自身は、障がいのある弟を持ち、そして母親も精神面で病みがちでした。失礼かもしれないけれど、体験してきた内容も僕と同じ経験のものがあり親近感が湧きました。里恵さんが経てきた道のりに比べれば、僕はまだまだ大した道のりではないけれど。

そして、僕も30歳も半ばに近くになり、遅まきながら、家族等々がやっと消化できるようになってきた最中でした。

消化できるようになると、不思議といろいろ見えるものがあり、何か僕はできるのではないかと感じます。また、何かしたいなあ、とも。不思議なものです。まだ、家に帰るのは苦手だし、ずっと居ることはできないし、恨んだりするのにです。

いろんな障がいがある人でも簡単にパソコンを使えたり、
おもしろおかしく使えるようなソフトとか、Web サイトとかできるといいなあ、とか
いろんな人にパソコンのこと教えることができたらいいなあ、とか夢がありました。

今はまだできませんが、将来、みんなが楽しくパソコンを使えるような仕事ができたらいいな、
って、感じます。

そう、最初に戻ります。

ここで前にも書いたかもしれないけれど

will

は僕の大好きな言葉です。

これはずっと「未来」の動詞しか無いとばかり思ってました。~する予定だ、っていうとばかり思ってました。
 

けれど、英語の勉強をし出して意志の「will」という名詞を知りました。

そこには

will = determination to do something that you have decided to do, even if this is difficult.

とあります。
 

やろうと決めたこと、それが困難な事であっても。
 
 
未来を「動かす」のは「意志」によって決まる。

自分の今を見つめなおして、そしてまた先に進むためにもあらためて書いておきたくなりました。

とてもいい本に出会いました。

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1Q84 BOOK2

1Q84 のBOOK2を読み終えました。

?が?のまま残ったりなんかしちゃいますが…

私的には満足した面白い小説でした。

4月-6月、7月-9月、とあるから実は続編があるんじゃないかなあ??

って期待しちゃいます。

 

なんでも水戸黄門のように最後に印籠を出すような勧善懲悪ハッピーエンド系

これは見ているものを安心させる効果はあるけど

どこか盲目的にさせる効果がある気がします。

 

人それぞれの考え方や物語の捉えかた

それぞれの人にとっての読み終えかたがある気がして

なかなか面白かったです。

  

「こうであったかもしれない」過去が、その暗い鏡に浮かび上がらせるのは、「そうではなかったかもしれない」現在の姿だ。

これは本の帯にあったのですが、僕のこうであったかもしれない過去、それは確かにあり現在の姿と見比べ違っていただろうなあって思う。

振り返ることはホント大事。そしてその上で今の自分を大事にすること、これからどうするかを考えること、これが必要かなあって思います。

過去出会ってきたいろんな人、それがあってこその今なので。そういう意味ではいろいろな人が僕を見てくれている気がして、なんか感謝でいっぱい。

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生きなおすのにもってこいの日

「生きなおすのにもってこいの日」という田口ランディさんの本を読みました。Amazonから届いたメールでタイトルに引かれて買ってみたのですが、いい本です。読んでみてください。

 

以下、ちょっとした雑談。最近自分が書きたかったことです。

最近、自分の中では変化がありました。前も書いたのですが、「しょうがない」ということを素直に受け入れられるようになった。

これは西原理恵子さんが言っていた言葉ですが、「しょうがない」を受け入れられるかどうかは、受け入れてもいいな、って感じるかどうかは僕にとって大きな変化です。

小さいころは身障者の弟の養護施設に行ったり母親の入院等で家で一人でご飯を作り食べたり。

大学は家に迷惑をかけてはいけないから受かっていた私大は止めて国立にしたり。

大学院に無試験で行けたのですがやはり迷惑かけちゃいけないから就職したり。

就職先は都会に行きたかったけど松本の会社にしたり。

新規の仕事で東京に出してもらったけど家の都合で無理やり松本に返してもらったり。

 

など、書ききれないほど。自分の置かれた環境を恨むことは日常茶飯事でした。

 

だいたいふつうの家庭感覚を知らない。ふつうを分らないくせにふつうの人たちの暮らしを羨んだりしてきました。 

一緒に暮らした時期もありますが、今は別のところに住み、たまに実家に帰り母親に会ったり、年に数回帰ってくる弟に会いにいったりしていました。今、自分がある程度お金を稼ぐようになり10年経ちました。

デイサービスの施設に通う調子の良くない母親やその面倒をみている父親、グループのホームで一人で暮らすようになった弟を見ていると…

ひとつの思いに至りました。

結局、理想像という姿からは離れていきます。誰も変わってくれないし、変わらない。昔は自分のしたことに対して適切な答えがでてこず、それにイライラし世の中すべて大嫌いだったわけです。被害妄想ってやつ。

でもね、最近なんか違うんです。

自分ができることは限られているし、むしろそうやってあれこれ言ったりやったりしていることは自己満足の範疇。理想を押し付けて、その理想押し付け作業をしている自分に酔っているだけな気がします。

実は世界はもっと柔軟。

弟はひとりで暮すようになりました。グループホームの先生方が見てます。一生困らないほどのものがあり、私には何も負担がこない。彼の居場所はそこでしょうし、言葉がしゃべれないので正確にはわからないけど、そこは彼が大好きでしょう。僕はそれを見守るだけで十分。壁際からたまにちょこっと覗くくらいの距離が一番。

母親もなんであーなんだ、って思ったり、父親もなんであんなに独善的なんだ、と思っていたのですが、、、きっとそれは夫婦で生活したきた結果なんだし、その相手を選んだので仕方ない。母親に良くなってほしいと思いしていたことは、実は母にとってはハタ迷惑でどうでもいいかもしれません。どうであれ、これからは夫婦の問題である気がして、横槍を出すのは違う気がします。

 

そう、みんなの人生。それはなんであれかけがえの無いもの。

今は、その考え方があり、しょうがないって思えるようになった。

だからなんか言ったりした時に、あれ、これって独善的かも、って思う余裕ができた気がします。

僕は僕のことをまず考えて、たまに休んだり散歩したりしながら、ほんと壁穴からちら見するくらいの付き合い方が自分の家庭との向き合い方なんだなって感じました。

まあでもまだまだ、やっと意識できたレベルだから、まだ10年ちかくはきちんと咀嚼できるまでかかるかもね。

今自分が考えたこと、それは水たまりに落とした水滴の波紋が広がるように、将来の僕に影響をあたえていくんでしょうね。

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1Q84 BOOK1

村上春樹さんの本を読むのは実は始めて。ベストセラーになっている本を多く書いているのにも関わらず、、、今まで読んだ事は無かったです。僕自身、最低月に1冊は本を読んでいるのに…珍しい。

1Q84は長編小説でその1冊目。

青豆と天吾という2人の物語がそれぞれ語られていて、なんとなく結びついてきた感じで1冊目が終わりました。

これが謎かけがいっぱいあって面白い。

性的な描写もあって、小学生にはちょっと早いcoldsweats01ってな感じもする物語。

本を読み自分の人生に投影してしまうことがあります。

1Q84 の BOOK1 はそんな感じでした。

この本では今までの自分の経てきた人生。これを考えてしまう。

 

責任を取る事から逃れたいというキモチ。

今居る世界が実は違う世界で、誰かの夢の一部なのではないのかと思うココロ。

傷つく事が怖くて、長い付き合いよりも一時の快楽に浸った方が楽だというカンジョウ。

 

ここまで考えたのは久しぶりでなかなか良い小説です。

BOOK2も楽しみ。 

 

ドウロをあるくにはあるくことをはじめからつくりなおさなくてはいけない 

 

このふかえりの言葉が印象に残りました。

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イスラム世界の理解

イスラム教というと…危険という漠然たるイメージがありました。

でも本当にそうなのかな?というのがこの本を読んだきっかけ。

この本を読んで初めて知ったこと。それは、

キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、この3つの宗教は神さまが同じということ。

不思議・・・。全部違うと思っていました。

この3つとも

「神を信じていればご褒美を頂戴できる、天国にいける」

と説いているらしい。

イスラム教についてもこの本でいろいろと理解できました。

様々な宗派、考え方があり、そして国によって慣習も違う。

過激な活動をしているのはごく一部。

イスラム原理主義=過激派

と思いがちだけどそうではない。

 

考えてみれば、世に溢れている情報はその一部を切り取ったものに過ぎないんですよね。

TVから流れる映像は、大きな世界の中を切り抜いただけのもの。実はその周りには様々な世界があります。

どうしても画一した考え方や情報に左右されがちになりますが、出来る限りその周りの考え方、そして視野を広く持ちたいです。

自分のアンテナを広くした中で、確固たる信念を持ちたいって思いました。

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パピヨン

この「パピヨン」という本は、田口ランディさんの著書で、エリザベス・キューブラー・ロスに関することを執筆し出したときに、父親の看病、看取り、という現実に直面して書き上げた本です。ロスで始まり、ランディさんと父との関わり、そしてロスで締めくくられています。

ランディさんと父との関わりは病院、転院、最後に看取るまでが書かれています。うんうんと頷いたり、僕とはちょっと違うなぁと考えたり、自分に置きかえてRPGのゲームをやっているみたいに考えてました。

ロスは、死と死ぬことについての本を書いた精神科医だそう。(エリザベス・キューブラー・ロス ホームページ

エリザベス・キューブラー・ロス、この名前はこの本で初めて知りました。

本の捉え方は様々だと思いますが、この本を読み終えたときの僕の感想は

ヒトは分からなく、不可思議な生物だよなあ、

という感じでした。

  

死と向き合うとき、自分はどうなるのだろうか?死後の世界ってあるのか?あるとしてどんなのだろう?

と僕は思うことがあります。

また、

この世の全ては実は誰かの夢の中じゃないのか

って感じることってありませんか?僕はわりと感じます。

だって、今僕がこうしてブログを書いている中で、実際はいろんな人がいっぱいいるし、動物も、虫も、みんななんかやってます。動物や虫にもその世界があって、実は虫から見れば人間界は動物園じゃないか?とか・・・。

 

ロスは、その著書「死ぬ瞬間」の中で死の受容プロセスには5段階あると記しています。

 
否認→怒り→取引→抑うつ→受容
 

だそう。実際の英文を見てみた。

Denial→Anger→Bargaining→Depression→Acceptance

となっていました。Kübler-Ross model

Denial、Acceptance・・・英語の方がしっくりくる気がします。Acceptance、、、これは「しょうがない」に近いんじゃないのか。。。

死ということではなくても、このプロセスを経るのではないか?と思うのです。

直らないような病気、精神的、神経的な病、あるいは良くない事柄それを受け入れる過程でもこれを経るのではと。

病を持った人との関わりをどうしたらいいのか、あるいは自分にとって都合の悪い事柄に見舞われたとき自分への関わりをどうしたらいいのか、ということの解はこの本から得られていないけれど、、、、

 

僕の感覚は大事にしよう

 

と思った。感覚は、だれも説明ができないし、僕自身でもうまく説明できないから。

でも、説明することと語ることは別。なんか感覚ってすばらしい。

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仏像の本

今年は7年に1度の善光寺ご開帳です。すごく混みそうだけれど長野マラソンの前に回向柱に触れることと、前立本尊さまを拝すること、回廊めぐりをすること、はやっておこうかと思います。

以前までであれば、何気なく行って拝してくるだけだったと思うのですが、今回はちょっと違う思いがあります。会社の後輩が何気に教えてくれた本を読んだからです。

それは仏像の本という本。

この本、とても分かりやすく解説してくれてあります。

イヤリングが無いから如来さま、とか仏像にある首の3本の線は太っているからではなく三道という立派な証であること、とか。

そんな感じで、僕のような入門者にはとても重宝します。

実際、年初に牛伏寺に行ったときも、あーそうなってる!ってな発見があって楽しかった。

善光寺のご開帳で拝されるのは本尊を模した前立本尊なんですね。実際に、善光寺本堂に安置される御本尊一光三尊阿弥陀如来は、654年以来の絶対秘仏だそうです。その後、前立本尊は鎌倉時代に御本尊造られたそうです。それでも7年に一度しか見られない。

そしてご開帳のときは前立本尊さまの中央の阿弥陀如来さまの右手と本堂前の回向柱に結ばれているとのこと。

またお戒壇めぐりは、御本尊さまとつながれた極楽の錠前に触れることで、往生の際、お迎えに来てもらえるそう。

本によれば阿弥陀如来さまは南無阿弥陀仏と唱えたら極楽浄土に連れて行ってくれるやさしい神さまだそう。

こうやって意味がわかるとなんだか深さと荘厳さを感じて、なんか心が少し洗濯された気になります。

長野マラソンは前日受付なので、土曜日は始発で長野に行って人が少ないときにゆっくり見てこよう。

そう、考えてみれば僕のばあちゃんはお寺の娘さんでした。そんなわけでちっちゃい頃はよくお寺さんに行っていたものです。僕の名付け親もそのお寺の住職さん。なんかちょっとそういうものには縁があるかもしれないなあ。

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日経1年生

ちょっと帯にあった女の子に惚れてしまい、、、、いやいや経済関連のニュースにより理解を深めるためhappy01この本を買ってみました。

日本経済新聞というと、、、僕には遠い存在でした。ほとんどわからんわからん、って感じではないかと。

ただ、この本を読んでみて、新聞の読み方とか勉強になり、また経済の事柄についても少し理解が深まった気がします。今までもいろいろと経済の本を読んだりして少し知識はあったつもりですが、まだまだですね。

ちょっと目から鱗だったのはだいたいの新聞社は上場をしていないとのこと。中立性を保つためということが主だそうですが、考えてみればそうですよね。テレビとは違うんだ、とあらためて思いなおしました。

この本はホント良かったです。PODCASTでも配信されているそうですし、まだ2冊目もあるので読んでみます。長谷部瞳さんもかわいかったし。。。日経とろうかな・・・いや、まず会社で読んでみるか。。。

たぶんどうせ捨てるだけだろうから、定時後に貰って帰るとか(爆)

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